紹介したのは、2022年9月17日の日本経済新聞の「認知症での金融資産凍結リスク 関西で26万人、計9兆円」というニュースです。
認知症患者の増加に伴い、9兆円近い資産が凍結されかねないという内容でした。
銀行は、預金者本人が認知症だと判断した場合に、口座を凍結することがあります。
このようにする理由は、詐欺や相続トラブルなどを防ぐためです。
三井住友信託銀行の調査によると、2030年までに関西2府4県で約26万人の金融資産が凍結され、その総額は約9兆円にのぼる可能性があるとのことです。
リベ大両学長の友人にも、以下のような状況になっている人がいるそうです。
- 祖母が認知症になり、預金口座が凍結された。
- 通帳を見ると、祖母本人の預金は数千万円あるが、一切使えなくなった。
- 今は祖母の生活費や介護費を、親族が立て替えている…。
9月のお金のニュースを解説したところ、「私も、今のうちに親とちゃんと話をしておきたい!」「口座凍結の対策について教えてほしい!」という声が多く寄せられたため、今回の記事を作りました。
この記事では、以下の3点について解説します。
預金口座の凍結対策5選
成年後見制度のメリット・デメリット
家族信託のメリット・デメリット
今回の内容は、基礎編です。
この手の話は、ただでさえややこしいので、かみ砕いて説明します。
目次の時点で「聞きなれない」「つまらなそう」という言葉が入っていますが、身構えず気楽に読み進めてください。
日本はいよいよ、本格的な人口オーナス(onus)期に突入します。
オーナス期というのは、若い人より高齢者の方が多くなり、経済社会にとって不利益が続く時期のことです。
このような時代を迎えるからこそ、「親族で、いかに効果的に介護をしていくか」「いかに効果的に次世代に財産を引き継いでいくか」などのプランニングが、ますます重要になります。
「親のことを思うなら」また「子のことを思うなら」、できるうちにしっかり話し合っておきましょう。
今回の記事が、そのキッカケになれば嬉しいです。
以下の図解を見てから記事を読み進めると理解しやすくなるので、参考にしてください。
▼図解:危険!親の預金口座凍結?
目次
解説動画:【超キホン】親の預金口座が凍結されて「生活費・介護費が引き出せない!」に備えてできること5選
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
預金口座の凍結対策5選
まずは結論からお伝えします。
- 「生前贈与」で子に資産を移していく
- 親のキャッシュカードを使えるようにしておく
- 金融機関の「代理人制度」を利用する
- 「親の年金受取口座」と「生活費引き落とし口座」を同じにしておく
- 「成年後見制度」や「家族信託」を活用する
対策①:「生前贈与」で子に資産を移していく
親が元気なうちから、少しずつ子に財産を移していく方法です。
今の税制では、「年間110万円」まで非課税で贈与することができます。
贈与を受けた子は、この財産を将来の親の生活費・介護費用に充てるワケです。
目的は人それぞれですが、毎年「110万円 × 子の数」だけ、資産を子に移転させている人は少なくありません。
生前贈与を使うメリットは以下の通りです。
① 誰に渡すか、親が自由に選べる。
→ 自分が認知症になった後では、誰にどのようにお金を使われるか分からない。
② 節税になる
→ 相続財産が多ければ多いほど、「相続税」も高くなる。
そして贈与によって相続財産の額を減らしておけば、「相続税」は安くなります。
一方、デメリットとしては以下の点があげられます。
① 税務署に認めさせるのが面倒
→ 例えば預金の名義を親から子に変更しただけでは、贈与が成立していないとして否認される可能性がある。
② 相続時点から3年以内の贈与には、相続税がかかる。
→ 亡くなる直前での「駆け込み贈与」を封じるため。
いずれについても、税理士と十分に相談する必要があります。
ちなみに、法改正により暦年贈与自体がなくなるという話もあります。
親としては、「資産の所有者が自分ではなくなる(贈与が成立したら、そのお金は子のもの)」「金銭の贈与によって、かえって親子関係に新たな問題が生じる可能性がある」という点に、不安を覚えるかもしれません。
逆に、上記のような不安がない場合は、生前贈与は効果的な選択肢の1つというワケです。
そもそもの話、「この子に安心してお金を渡せない…」のであれば、もっと根本的な対策が必要かもしれません。
自分自身の生活を守るためにも、残された家族の生活を守るためにも、どこかで家族全員でハラを割って話し合う必要がありそうです。
対策②:親のキャッシュカードを使えるようにしておく
積極的におすすめする方法ではありませんが、親から「キャッシュカードの在りか」と「暗証番号」を聞いておく方法もあります。
イザという時は、親のキャッシュカードをそのまま利用するワケです。
逆に言うと、キャッシュカードと暗証番号さえ分かれば、問題は生じません。
この方法の注意点としては、以下のようなものがあります。
- キャッシュカードを紛失した際、再発行の手続きには親の本人確認が必要。
→ 認知症になってしまった後では、再発行は難しい。
- 親族内での了承がないと、後日トラブルになりうる。
→ 使途不明金があると、血を血で洗う相続トラブルが発生する。
上記のような注意点はあるものの、対策としてはお手軽です。
「親のキャッシュカードを勝手に使うことに、法的問題はないの?」と疑問に感じる人もいるかもしれませんが、事前に親から承諾を得ていれば問題ありません。
認知症になってしまう場合に備えて、以下の点についてあらかじめ承諾を得ておくワケです。
- 子が親のキャッシュカードを使い、親名義の預金口座からお金を引き出す。
- 引き出したお金を、親の生活費や介護費に充てる。
子が「自分のため」に親の口座からお金を引き出した場合は、贈与税の問題が生じます。
そして相続の場面では、一般的には利害関係者が複数人いるケースが多いはずです。
もし、特定の誰か(例えば長男)が親のキャッシュカードを使うのであれば、「いつ何に使ったのか?」について、1円レベルできっちり管理しておいた方が良いでしょう。
以下のようにマメなことができる親族がいれば、この対策は有効に機能するでしょう。
- 親の預金口座からお金を引き出して使うことについて、全員の承諾をとる。
- 抜けもれなく記録をつける。
- 領収書もしっかりと保管する
親族に経理マン・経理ウーマンがいる人は、ラッキーです。
彼らの中には、整理整頓が好きという人も多いので、喜んでこの仕事をしてくれるかもしれません。
対策③:金融機関の「代理人制度」を利用する
対策②の内容を見て、以下のように感じた人もいるでしょう。
「親のキャッシュカードをそのまま使うの?本人でもないのに、何食わぬ顔で親の預金口座からお金を引き出すなんてダメ!」
「金融機関が知ったら、口座凍結させるような事態なワケでしょ?金融機関に対して、後ろめたいことはしたくないなぁ…。」
上記のように感じ、もっと良い方法がないかと考えた人は、金融機関の「代理人制度」を利用するのもアリです。
金融機関によっては、「代理人制度」を設けている場合があります。
【代理人指名手続】
預金者ご本人さまが事前にお申込みいただくことで、ご自身が銀行窓口やATMへご来店できなくなった時に、
ご本人さまに代わって代理の方がお手続きができるサービスがございます。
それぞれのサービスは、お申込み後も、預金者ご本人さまが通常どおり、口座をご利用いただけます。
上記の手続きをすると「代理人キャッシュカード」を手に入れられます。
代理人制度には、以下の2種類があります。
① 即効型
→ 届出をすれば、親が元気なうちから、代理人も権限を持てる。
② 予約型
→ 親の判断能力が低下した後に、証明書(診断書)を提出することで、代理人に権限が与えられる。
親が使っている金融機関に、「どのような代理人制度があるのか?」「そもそも、代理人制度がないのか?」などの確認が必要です。
このあたりは、完全にケースバイケースになります。
銀行に限らず、証券会社にも「代理人制度」があるかもしれないので、「我が家に関係ありそう!」という人は、ぜひ確認してみてください。
証券会社で代理人手続きをすれば、親の判断能力が低下した場合でも、代理人が有価証券の売買発注を行うことができます。
親が認知症になってしまうと、証券口座の中身はアンタッチャブルになります。
今は、投資している人も多い時代です。
銀行だけではなく、証券会社も押さえておくとベターといえるでしょう。
対策④:「親の年金受取口座」と「生活費引き落とし口座」を同じにしておく
預金口座が凍結されて困るケースは、「2カ月に1度の年金が振り込まれる口座・多額の預金がある口座」が凍結された上で、「日常の生活費の引き落とし口座」が、それらの口座と異なる場合です。
要するに、下図のようなイメージになります。
- A口座:2カ月に一度、30万円の年金が振り込まれてくる。
- B口座:500万円の預金がある。
- C口座:水道・ガス・電気代や、固定資産税・通信費などの引き落としがある。
- D口座:駐車場利用料、マンションの管理費・修繕積立金などの引き落としがある。
- E口座:クレジットカードの引き落としがある。
この例の場合、A口座に年金が振り込まれるたびに、必要な現金を手元に残しつつ、C・D・E口座にお金を移し替えるイメージです。
しかし、A・B口座がロックされてしまうと、他の口座の預金残高が不足してしまい、引き落としができなくなります。
要するに「年金受取口座であるA口座に、ガンガンお金が貯まるのに使えない…」という事態になります。
そうなるのであれば、最初から「親の年金受取口座」と「生活費引き落とし口座」を同じにしてもらうというのが、4つ目の対策です。
親がすでに介護施設に入居している場合なども同様です。
「年金受取口座」と「施設利用料の引き落とし口座」を同じにしておくだけで、イザという時も多少は安心できます。
もし何らかの事情で口座が凍結された場合も、今まで通り年金で残高が補充され、今まで通り引き落としができるからです。
収入と支出がひとつの口座にまとめられていると、親族にとっては管理がしやすくなります。
「この支払いは止めなきゃ!」や、「これはそのままにするしかないけど、放っておいても支払いできる!」など、見える化がされるからです。
口座が1つにまとめられていると、通帳を眺めるだけで、ある程度の資金計画が立ちます。
逆に通帳や印鑑、キャッシュカードが大量に存在し、「どの口座が何に使われているかよく分からない…」という状況だと、親族としては大変になるでしょう。
対策⑤:「成年後見制度」や「家族信託」を活用する
以上、①~④までの対策を紹介してきました。
最後に紹介するのが、「成年後見制度」と「家族信託」の2つです。
①~④の対策は、「誰でも、やろうと思えばすぐできるライトなもの」です。
一方、⑤の対策は「専門家を交えて、時間・お金をかけないとできないヘビーなもの」になります。
それだけに、対策としては「付け焼刃」ではありませんが、なにしろ手間暇がかかります。
ただ、それなりの資産がある家庭では、⑤のような対策を取らざるをえないでしょう。
特に資産価値の高い自宅・賃貸用不動産を持っている場合は、優先度が高まります。
建て替え・売却・賃貸などの手続きは、①~④の対策では不可能です。
「成年後見制度」「家族信託」の内容はヘビーなので、パートを分けて解説していきます。
まずは、「成年後見制度」から見ていきましょう。
成年後見制度のメリット・デメリット
成年後見制度について、厚生労働省のサイトには以下のように書かれています。
【成年後見制度とは?】
知的障害・精神障害・認知症などによって
ひとりで決めることに不安や心配のある人が
いろいろな契約や手続をする際に
お手伝いする制度です。
認知症になってしまうと、以下のような点で問題が起きる可能性があります。
① 財産管理
→ 不動産や預貯金などの管理や、遺産分割協議などの相続手続き。
② 身上保護
→ 介護・福祉サービスの利用契約や、施設入所・入院の契約手続き。
③ 各種契約
→ 自分に不利益のある契約を結んでしまい、悪徳商法の被害にあう。
認知症は、もはや自分では自分の身や財産を守れない状態です。
このような人のことは、放っておくワケにはいきません。
そこで登場する成年後見制度は、法的に「その人の代わりになる人(=後見人)」を決め、後見人に面倒を見てもらうことで安心・安全を担保するための制度です。
Before:最近、使うことのない高額な品物を買ったり、キャッシュカードの暗証番号を忘れたりして、手続きができなくなってきた。
After:成年後見人などが私の代わりに、銀行で手続きしてくれた。これからの生活は成年後見人などが私と一緒に考えてサポートしてくれるので安心だ。
「自称サポーター」ではなく、「法的に認められたサポーター」であることに意義があります。
法的に認められているからこそ、金融機関・役所・病院などが、「ご本人でないと手続きできません」と言わず、普通にやりとりしてくれるワケです。
この成年後見制度には、2つの種類があります。
① 任意後見制度
→ あらかじめ自らが選んだ人(任意後見人)に、ひとりで決めることが心配になった時に、代わりにしてもらいたいことを契約で決めておく制度。
② 法定後見制度
→ 家庭裁判所によって、成年後見人が選ばれる制度。判断能力の低下具合に応じて、「補助」「保佐」「後見」の3つの類型がある。
この成年後見制度ですが、堅苦しい話はいったん抜きにして、メリットとデメリットについて見てみましょう。
要するに、「この制度、ぶっちゃけ使えるの?」という話です。
成年後見制度のメリットは以下の3つです。
本人の財産を管理できる例として、以下のようなものがあります。
- 預貯金の払い戻しができる
- 自宅の売却や建て替えができる
- 賃貸用不動産の管理ができる
- 貸金庫を開けられる
「こんな契約は不要だ!」という契約を取り消せるようになります。
例えば、高額なリフォーム、通信販売、健康食品のサブスクといった契約があげられます。
成年後見人として認められた人以外は、預貯金の払い出しなどはできません。
親族が法定後見人になった場合、本人の資産が一定額以上であれば、後見監督人(弁護士など)がつきます。
そして3カ月~6カ月に一度、監督人に財産管理状況を報告する必要があります。
監督人がつく場合(任意後見の場合は必ず監督人がつく)、月額1万円~2万円程度の監督人報酬が発生します。
法定後見人が親族ではない場合、その人に対して月額2万円~6万円程度の後見人報酬が必要です。
例えば、より積極的な財産管理を行うための「新たな借り入れによるアパートの建て替え」「投資用不動産の購入」「有価証券の運用」「子や孫への金銭贈与」などはできません。
このような行為は、遺族にはメリットがありますが、本人にメリットがないためです。
後見人を選ぶのは家庭裁判所なので、親族目線で「この人が良い!」という人が選ばれるかは分かりません。
そして 「家族が後見人になると思っていたのに、弁護士が選定された!」という時や、「やっぱり、法定後見人制度の利用をやめたい!」という時も、成年後見人の選任申し立てを止めることはできません。
正当な理由のない取り下げは認められないワケです。
申し立ての費用は、自分でする場合には数万円~十数万円程度必要です。
弁護士や司法書士にお願いする場合は、数十万円程度をみる必要があります。
ここまで紹介したメリット・デメリットを踏まえて、「トータルどうか?」ということになります。
リベ大としては、これから説明する「家族信託」の方が便利と考えています。
少子高齢化が進む日本においては、一族が効果的に資産を増やし、承継することで、皆でハッピーに暮らすことが重要になるでしょう。
この点を考えると、相続税対策も含めた積極的な資産運用ができなかったり、事務負担(監督人への報告)やランニングコストが重かったりする成年後見制度に、苦しさを感じます。
もう少し身軽・柔軟に対応できる方法を考えていきたいところです。
そこで次は「家族信託」について紹介します。
家族信託のメリット・デメリット
① 親が、家族に財産を託す。
② 財産を託された人は、それを管理・運用する。
③ その財産から生じた利益は、親に渡す。
家族の間で「信託契約」を結ぶスキームです。
図で見ると、以下のようになります。
- 委託者:想定されるのは認知症のリスクがある「親」
- 受託者:親の財産を管理・運用する「親族」(子、兄弟、甥姪、孫など)
- 受益者:預かった財産から生じた利益を受ける「親」
今回のケースでは、家族に財産を託す受託者と、財産から生じた利益を受け取る受益者は、どちらも「親」になります。
この家族信託のメリットは、以下の通りです。
家族信託の3つの機能は、以下の通りです。
① 委任契約
→ 本人が元気なうちから、子などに財産管理を任せられる。
② 後見制度
→ 判断能力が低下しても、変わらず財産管理を代行してもらえる。ただし、成年後見制度と異なり「身上保護※」などはできない。
※「身上保護」は、介護や医療などを受けられるように管理すること。例えば、介護・福祉施設への入退所の手続きや、入院に関する契約などを本人に代わって行うことを言う。とはいえ身上保護は、「受託者」としてではなく「家族」として代行できることが多いため、大きな問題になるケースは多くはない。
③ 遺言書
→ 本人死亡後の、資産承継先を自由に指定できる。
先ほど解説した「法定後見制度」でカバーできるのは、②の後見制度だけです。
元気なうちから準備しておきたい場合や、遺言書についても考えておきたい場合は、家族信託を利用することで①~③をすべてカバーできるので、守備範囲が広くなります。
この「3つの機能を持っている」という点が、家族信託最大の強みです。
年間110万円の生前贈与を行った場合、その財産は子のものになります。
その他の形でガッツリ生前贈与を行った場合も、その財産はもちろん子のものです。
親本人としては「自分が生きている間は、この財産はあくまで自分のものだ」という感覚を持つ人も多いでしょう。
一方の家族信託であれば、自分が元気なうちに子などに財産管理を任せられ、その財産の所有権はあくまで自分のものとなります。
子が自分のために財産管理をしてくれているか、監督することができるというワケです。
「思っていたのと違う!」と言うことであれば、委託先を変えることもできます。
受託者の権限内であれば、その責任と判断において、信託契約の目的に沿った自由な資産運用が可能です。
受託者の権限の範囲は、契約で定めることになります。
つまり、相続税対策なども可能になるのです。